大阪市阿倍野区に桃ヶ池公園と言う公園があるのをご存知でしょうか。
大阪市が設置している地区公園である。桃ヶ池とその周囲の遊歩道、児童遊園などで構成されている。公園の面積は71,448平方メートル。
公園内にはハナモモやサクラの木が植えられ、ハナモモやサクラの名所として知られる。公園の風景は、すぐ東側を通るJR阪和線の列車の車窓からも見ることができる。
歴史
池は古くから「ももがいけ」と呼ばれていたが、かつては「脛ヶ池」「股ヶ池」とも表記された。 名称については、池の形が股引のような形になっていることからこの名称がついたという説や、後述の聖徳太子の使いが大蛇退治をした際水深が腿程度だったためなどの説がある。
桃ヶ池にまつわる伝説として、「桃ヶ池に棲んでいた大蛇を聖徳太子が退治した」という内容が伝えられている。その際、股ヶ池浮島に穴を掘り大蛇の死体を埋葬したが、その後も怪異が続くというので霊を沈めるため「おろち塚」が作られ、昭和初期まで残っていたとされる。
また桃ヶ池公園に隣接して設置されている「股ヶ池明神」は、はるかに後の天明年間に角田某という人物が、夢に出た蛇霊を奉るために、おろち塚の北1丁のの位置に丸高竜王、丸長竜王として祭ったことが起源と伝わる。
これら伝承を信じるならば、おろち塚は股ヶ池明神の南に109m(1丁=60間=109m)にあったということになる。 おろち塚の位置=埋葬した浮島かははっきりしないが、現在地元で「蛇島」と呼ばれている中央の島がその場である可能性が高い。
股ヶ池明神は神仏習合の神社であり、不動明王や地蔵菩薩などもあり、聖徳太子の伝説と合わせ、小さなわりに見所の多い神社となっている。
池周辺は古代より集落であったと考えられ、阪和線の高架工事の際に弥生時代の遺跡が発掘されたり、近隣のマンション工事の際に弥生遺跡が出たことがある。
近辺は田辺古墳群といい、古文献にはこのあたりに古墳が多くあるとの記述もあり、事実近隣の山坂神社も古墳であることが近年分かってきた。 そのような古い土地柄のため、旧石器時代から江戸時代まで、近隣でさまざまな時代の遺構が出ている。
昭和時代初期頃に、同じ発音の「桃」の字をあてた「桃ヶ池」の表記が定着した。近くを走っていた南海平野線の駅名は股ヶ池駅であった。
大阪市は昭和時代初期、都市計画に基づいて桃ヶ池周辺の区画整理をおこない、池の周囲を整備して1933年10月25日に桃ヶ池公園を開園した。この桃ヶ池公園は、都市計画に基づく区画整理で完成した公園としては、日本初のものである。
所在地:大阪市阿倍野区桃ヶ池町1丁目